“経営未経験の専門家”が中小企業を支援するという矛盾

はじめに
「資格はあるが、実務経験がない支援者」がなぜこれほど増えているのか——これは私が経営者として、そして中小企業診断士として強く感じている問題のひとつである。
前回の記事では、形式的な「伴走支援」が中小企業のリソースを浪費している現状を指摘した。今回は一歩踏み込み、なぜ“実務経験のない支援者”が量産されているのか、その構造的な原因と私見を明らかにしていきたい。
「実務経験なき支援」がまかり通る仕組み
中小企業診断士という資格は、一定の知識を証明するには有効だ。しかし、現場で本当に求められるのは、知識だけではない。「実行の泥」を知っていることだ。
にもかかわらず、現実には実務経験がまったくない、あるいは極めて乏しい支援者が“専門家”として現場に入っている。この状況を可能にしている要因は以下のとおりだ:
- 資格取得後の実務経験の要件が極めて曖昧である
- 公的支援制度において“登録さえすれば専門家扱い”となる構造
- 成果を評価する仕組みが不透明 or 存在しない
- 支援を受ける企業側に、支援者を評価する基準が少ない
つまり、“一度通った門”さえくぐってしまえば、その後は経験を問われずとも「専門家」として振る舞えてしまうのである。
「経験豊富」の中身を問い直す
特に公的支援の現場では、「経験豊富な診断士」というラベルが一人歩きしている。その実態は、本当に実務を積んできた結果なのだろうか?
私が見てきた中では、むしろ“政治的にうまく立ち回れる人間”がそのラベルを得やすい構造があった。
- キーパーソンとの関係性構築が上手い
- 提出書類や実績報告が得意(=形式への強さ)
- 補助金など制度側に精通している
もちろん、それも一種の“スキル”ではある。しかし、その「経験」は、お客様の問題解決とは直結しないことも多い。
私たちが今問うべきは、「何に対して経験豊富なのか」ということではないか?
なぜ経営経験が軽視されるのか?
経営は総合格闘技に近い。財務、営業、労務、マーケティング、そして人間関係と、あらゆる課題が同時多発的に襲ってくる。
それにもかかわらず、「経営をやったことがない支援者」が、あたかも万能のアドバイザーのように振る舞う。このギャップが中小企業現場で起きている“静かな事故”である。
理由は明確だ。
- 「理論を教える立場」が優位とされる業界文化
- 実務経験よりも、研修や資格取得がキャリアアップとして評価される
- 経営の泥臭さを「非効率」とする風潮
結果として、支援の現場では「綺麗な理屈」が「現場の複雑さ」を上書きしてしまっている。
支援者の倫理観とプロ意識の欠如
もちろん、すべての“実務経験のない支援者”が悪いわけではない。学ぶ意欲があり、誠実な人もいる。
だが問題なのは、「自分が知らないことすら知らないまま」支援者としての立場に甘んじているケースだ。
- 自分のアドバイスの限界を理解していない
- 受け手のリソース(時間・資金)を軽視している
- 誤った情報提供や過度な自信の押し売りが無自覚に行われている
こうした支援は、お客様にとってはリスクであり、場合によっては“害”ですらある。
「知らないことを知らない」という状態を脱するには、謙虚な姿勢と、現場での学びが欠かせない。
経営者としての経験がなぜ必要か
「ではすべての支援者が経営すべきか?」と聞かれれば、必ずしもイエスとは言わない。ただし、実際に経営したことのある支援者の視点は、明らかに違う。
- 資金繰りの切迫感を「数字」ではなく「感覚」として知っている
- 採用や解雇の判断にともなう葛藤を知っている
- “売れない”現実の焦りや戦略の迷いを体感している
これらの経験は、支援の場でお客様と本当の意味で“同じ景色”を見ることを可能にする。
そしてそれこそが、信頼関係の出発点なのではないだろうか?
結びにかえて
支援とは、経営者の孤独と不安に寄り添い、ともに一歩を踏み出すことだと私は考えている。
そのためには、アドバイス以上に「理解」と「共感」が必要になる。
資格や制度に守られる立場に安住せず、自らの無知と限界を直視しながら、支援者自身が「変わり続ける存在」でありたい。
次回は、この構造的問題にどう立ち向かうか——つまり、“経験のない支援者が支援力を高める道”と、“制度全体として何を変えていくべきか”を提案していく。